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大阪高等裁判所 昭和40年(行ケ)1号 判決 1965年11月29日

原告 大阪高等検察庁検察官

被告 神崎謙一

主文

昭和三八年四月一七日施行の滋賀県議会議員選挙における被告の当選を無効とする。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は主文と同旨の判決を求め、請求の原因及び被告の主張に対する答弁として次のとおり述べた。

一、被告は昭和三八年四月一七日施行された滋賀県議会議員選挙に際し、甲賀郡から立候補して当選し、同月一九日付でその旨同県選挙管理委員会から公職選挙法一〇一条二項により告示され、現に同県議会議員として在職中である。

二、右選挙において小河健吉は同月二日同県選挙管理委員会に対する届出により被告の出納責任者となつたものであり、上田留次は被告の選挙運動を総括主宰したものである。

三、(一) 小河健吉、上田留次は奥田真二郎と共謀のうえ右選挙において被告に当選を得させる目的で

(イ)  同月六日頃同郡信楽町大字畑六二九番地増田増一方において、同人に対し同人の長女増田博子を介し、被告のため選挙運動を依頼し、その報酬として現金五、〇〇〇円を供与し、

(ロ)  同日頃同町大字勅旨一、九二〇番地福田雅男方において、同人に対し同人の父福田惣吉を介し、右同趣旨のもとに現金一〇、〇〇〇円を供与し、

(ハ)  同日頃同町大字宮町七四一番地谷口勝良方附近の田において、同人に対し、右同趣旨のもとに現金一〇、〇〇〇円を供与し、

(ニ)  同日頃同町大字小川九一五番地杉本勘作方において、同人に対し同人の妻杉本とらゑを介し、右同趣旨のもとに現金一〇、〇〇〇円を供与し、

(ホ)  同日頃同町大字中野一一六番地寺本紀郎久方において、同人に対し、同趣旨のもとに現金五、〇〇〇円を供与し、

(ヘ)  同日頃同町大字田代六四一番地大平忠男方において、同人に対し、右同趣旨のもとに現金五、〇〇〇円を供与し、

(ト)  同日頃同町大字牧一、二三二番地辻伊代次方において、同人に対し、同趣旨のもとに現金一〇、〇〇〇円を供与し、

(チ)  同日頃同町大字多羅尾信楽町役場多羅尾連絡所において、平田進良に対し、右同趣旨のもとに現金一五、〇〇〇円を供与し、

(リ)  同日頃同町大字神山一、七三八番地藤田隆三方において、同人に対し、右同趣旨のもとに現金一〇、〇〇〇円を供与し、

(ヌ)  同日頃同町大字杉山五一四番地大谷善雄方において、同人に対し同人の母大谷トミノを介し、右同趣旨のもとに現金五、〇〇〇円を供与し、

(ル)  同日頃同町大字下朝宮四六三番地樋口光夫方において、同人に対し、右同趣旨のもとに現金五、〇〇〇円を渡して供与の申込をし、

(ヲ)  同日頃同町大字宮尻六六二番地の一大谷亀次郎方において、同人に対し、同人の長男大谷義一、妻大谷よ志を順次介し、右同趣旨のもとに現金五、〇〇〇円を渡して供与の申込をし、

(ワ)  同月八日頃同町大字西三八五番地吉田善之助方において、同人に対し、大西泰隆を介し、右同趣旨のもとに現金五、〇〇〇円を供与し、

(カ)  同月九日頃同町大字柞原四七番地の二植西万治方において、同人に対し、大西泰隆、植西万治の妻植西君恵を順次介し、右同趣旨のもとに現金五、〇〇〇円を供与し、

(ヨ)  同月一〇日頃同町大字長野被告の選挙事務所において、大原文男に対し、右同趣旨のもとに現金一〇、〇〇〇円を供与し、

(タ)  同月一一日頃右選挙事務所において、山本三三に対し、右同趣旨のもとに現金五、〇〇〇円を渡して供与の申込をし、

(レ)  同月一四日頃同町大字黄瀬一、六二七番地大西喜一方において、同人に対し、大西泰隆、大西喜一の母大西はるを順次介し、右同趣旨のもとに現金一〇、〇〇〇円を渡して供与の申込をし、

(二) 小河健吉は右選挙において被告に当選を得させる目的で

(イ)  同月一〇日頃前記選挙事務所において、奥田幸三に対し、右同趣旨のもとに現金三〇、〇〇〇円を供与し、

(ロ)  同月七日頃右同所において、山本順生に対し、右同趣旨のもとに現金一五、〇〇〇円を供与し、

(ハ)  同月一三日頃右同所において、大杉栄之輔に対し、右同趣旨のもとに現金五、〇〇〇円を供与し、

(三) 小河健吉は同月一〇日頃右同所において下畑健之助が被告のため選挙運動をしたことの報酬として、その父下畑藤之助を介し建之助に対し、現金五、〇〇〇円を供与し、

たものであつて、小河健吉は公職選挙法二二一条一項一号、三号、三項三号、上田留次は同条一項一号、三項二号各違反の罪により昭和三九年三月一三日大津地方裁判所において、小河健吉は禁錮一〇月、上田留次は禁錮八月に各処する。ただし、本裁判確定の日よりいずれも三年間右刑の執行を猶予する旨の判決を受け、両名は同判決に対し控訴申立をしたが、同年九月一八日大阪高等裁判所において控訴棄却の判決言渡を受け、両名はさらに同判決に対し上告申立をしたが、最高裁判所において昭和四〇年三月一一日上告棄却の決定があり、同決定は同月一六日確定した。

四、(一) 被告は、奥田真二郎を出納責任者に選任する予定であつたところ、奥田において被告の意思を無視して小河健吉を出納責任者として届け出たもので、被告の意思に基かない選任であるから、その選任は無効であると主張する。

しかしながら、公職の候補者ともあろう者が自己の選挙運動に最も重要な地位を占める出納責任者の選任を確認しなかつたとか、または選挙運動の期間中これを知らなかつた等の弁解は常識上とうてい容れられるところではない。

(二) 被告は本件選挙において上田留次が被告の選挙運動を総括主宰したものでないと主張する。

しかしながら、上田留次が被告の選挙運動の総括主宰者であつたことは前記刑事判決によつて確定された事実である。

そもそも総括主宰者や出納責任者の認定は、一定の罪について訴因の一部であつて、刑事裁判所において十分な証拠によつて明確な事実認定を要するものであるから、その認定は民事裁判においてはこれを争うことができないのである。

(三) 被告は金銭の供与又はその申込の趣旨を否認するけれども、それが違法な選挙運動の報酬であることは、前記刑事判決によつて確定された事実である。

有罪判決の内容である犯罪事実についての認定判断は、元来刑事裁判所の専権に属する。刑事裁判所で確定した出納責任者、総括主宰者の犯罪行為の存在及びそれが当選無効事由となるべき罪種にあたることの適条の判断については、民事裁判所ではこれを争うことができないものである。

五、そこで、原告は公職選挙法二五一条の二、一項一号、二号により被告の前記当選を無効と認め、同法二一一条一項に基づき主文と同旨の判決を求める。

被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、請求原因事実中、一記載の事実、小河健吉が本件選挙において被告の出納責任者としての届出がされた事実、原告主張のような金銭の供与又はその申込があつた事実、小河健吉、上田留次に対し原告主張のような裁判があり、それがその主張の日に確定した事実はいずれも認めるが、その他の事実を争う。

二、小河健吉を被告の出納責任者とする旨の届出は被告の意見に基づかないものである。被告は従来の選挙において奥田真二郎に出納責任者を依頼していた関係上本件選挙においても同人を出納責任者に選任する予定であつたところ、同人において被告の意思を無視して小河健吉を出納責任者として届け出たものである。したがつてその届出は被告の意思に基づかないから、その選任は無効である。

三、上田留次は本件選挙において被告の選挙運動を総括主宰したものではない。奥田真二郎が実質的に本件選挙においてその中心となつて全面的に支配していたものである。上田は同選挙でポスター等の掲示責任者となつたのと、被告のため数回応援弁士として運動した程度に過ぎず、とうてい本件選挙を総括主宰したものということはできない。

四、小河健吉が金銭を交付したのはいずれも選挙運動実費の前渡金としてであつて、違法な選挙運動の報酬としてではない。上田留次は右金銭交付について共謀した事実もない。

五、公職選挙法二五一条の二、一項の規定は、総括主宰者又は出納責任者が特定の選挙犯罪により刑に処せられた場合において、当選人の当選を無効とする連座規定であるが、昭和二九年改正前の公職選挙法におけるそれと異り、当選人が総括主宰者又は出納責任者に対する選任監督について注意を怠つたことを要件としていない。したがつて同法によれば、当選人は自己の故意過失によることなく、全く自己の関知しない他人の犯罪行為によつて当選を失うこととなつているが、このようなことは基本的人権の擁護を強調する憲法の精神に反することが明らかであるばかりでなく、選挙人の意思を無視して当選の効力を左右するようなことは、主権在民を基調とする憲法の精神に抵触すると思料する。

そうすると、右公職選挙法の連座規定は、憲法に違反し、何らの効力を有しないから、右規定に基づく本訴請求は失当である。

(証拠省略)

理由

一、被告が昭和三八年四月一七日施行された滋賀県議会議員選挙において甲賀郡から立候補して当選人となつたこと、右選挙において小河健吉が被告の出納責任者として届出がされたこと、原告主張のような金銭の供与又はその申込あるいは金銭の交付があつたこと、小河健吉、上田留次に対し原告主張のような裁判があつて、それがその主張の日に確定したことはいずれも当事者間に争がない。

二、被告は公職選挙法二五一条の二、一項の規定は、当選人が総括主宰者又は出納責任者に対する選任監督について注意を怠つたことを要件としていない。したがつて、同法によれば当選人は自己の故意過失によることなく、全く自己の周知しない他人の犯罪行為によつて当選を失うこととなつているが、このようなことは基本的人権の擁護を強調する憲法の精神に反するばかりでなく、選挙人の意思を無視して当選の効力を左右するようなことは、主権在民を基調とする憲法の精神に抵触すると主張するけれども、同法条が選挙運動を総括主宰した者又は出納責任者が買収等の罪を犯し刑に処せられたときは、その当選人の当選を無効としたのは、公職選挙が選挙人の自由に表明した意思によつて公明かつ適正に行なわれることを確保し、その当選を公明適正な選挙の結果とすべき法意によるものである。選挙運動を総括主宰した者又は出納責任者のような選挙運動において重要な地位を占めた者が買収等の犯罪により刑に処せられた場合は、その当選人の得票中には、このような犯罪行為によつて得られたものも相当数あることが推測され、その当選は選挙人の真意の正当な表現の結果ということができないばかりでなく、選挙の公明適正を期するため、当選人が総括主宰者又は出納責任者に対する注意を怠つたかどうかにかかわらず、このような当選人の当選を無効とすることは憲法の精神に反するものということはできない(最高裁判所昭和三六年(オ)第一、〇二七号同三七年三月一四日大法廷判決、昭和三六年(オ)第一、一〇六号右同日大法廷判決、民集一六巻三号五三〇頁、同五三七頁参照)。被告の右主張は採用しない。

三、原告は、総括主宰者、出納責任者の犯罪事実の認定ばかりでなく、総括主宰者、出納責任者であることの認定についても刑事裁判所で確定したところに従うべく、民事裁判においてこれを争うことは許されないと主張する。

しかしながら、当選人が総括主宰者、出納責任者の選任監督に注意を怠らなかつたことをもつて免責事由とされないのであるから、当選人は他人の選挙犯罪によつてその選任監督に注意を怠らなかつたかどうかにかかわらず、その当選が無効となるという重大な結果を生ずるものであり、しかも他人の選挙犯罪についての刑事裁判手続に当選人は全く関与することができないものであるから、当選無効訴訟において刑事裁判の判定を争うことができず、これを承服するほかないとするのは、著しく不合理である。また、買収犯等について総括主宰者、出納責任者等の身分による刑の加重規定が設けられ、この点も刑事裁判の判断の対象となるものであるから、当選無効訴訟において、犯罪主体の身分に関する点については刑事裁判の判定には拘束されないが、それ以外の事項については拘束されると区別する根拠に乏しい。当選無効訴訟においては、犯罪事実についても、また総括主宰者、出納責任者の身分についても刑事裁判の判定や判断に拘束されることなく判断することができるものと解するのが相当である。原告の右主張は採用することができない。

四、成立に争のない甲第五二号から第六二号証まで、証人小河健吉の証言、証人上田留次の証言の一部、弁論の全趣旨により奥田真二郎の検察官に対する供述の録音テープであると認められる検甲第一号証によると、奥田真二郎は従来被告の県議会議員選挙を応援して来たものであるが、上田留次は本件選挙において被告の選挙運動の中心勢力となつて選挙運動に関する諸般の事務を取扱つた者であつてその総括主宰者であり、小河健吉はその出納責任者となつたものであつて、被告もよくこれを知つていた事実を認めることができる。証人上田留次の証言及び被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用することができない。証人神崎靖之助、大平孟、加藤貞蔵の証言によつても右認定をくつがえすに足りない。

五、成立に争のない甲第八号から第五一号証まで、第六二号証によると、小河健吉が原告主張のような金銭の供与又はその申込をしたのは、いずれも被告に当選を得させる目的で選挙運動の報酬として又は被告のため選挙運動をしたことに対する報酬としてであつて、選挙運動実費の前渡金としてではなく、また上田留次は原告主張のとおりこれについて小河健吉と共謀したものである事実を認めることができる。証人小河健吉、上田留次、増田増一、福田雅男、谷口勝良、杉本勘作、寺本紀郎久、大平忠男、辻伊代次、平田進良、藤田隆三、大谷善雄、吉田善之助、植西万治、大原文男、山本三三、大西喜一、奥田隆三、山本順生、大杉栄之輔の証言中右認定に反する部分は信用することができない。

六、以上のように被告の選挙運動を総括主宰した上田留次及びその出納責任者の小河健吉が公職選挙法二二一条の選挙犯罪により刑に処せられ、その裁判は確定したのであるから、同法二五一条の二、一項一号、二号により被告の当選が無効なことは明らかである。そこで同法二一一条一項に基づく原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 熊野啓五郎 岩本正彦 朝田孝)

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